東京高等裁判所 平成6年(行ケ)183号 判決 1997年10月28日
フランス国
62136 レストレム
原告
ロケット フレール エス アー
同代表者
アラン フィリッパール
同訴訟代理人弁理士
若林忠
同
渡辺勝
同
金田暢之
同
高畑靖世
同訴訟復代理人弁理士
石橋政幸
同
伊藤克博
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
同指定代理人
吉田敏明
同
後藤千恵子
同
小池隆
主文
特許庁が平成4年審判第7034号事件について平成6年2月17日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和60年12月20日、名称を「結晶マルチトールの製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、フランス国における1984年12月20日付け特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願(昭和60年特許願第285911号)をし、平成2年3月14日出願公告(平成2年特許出願公告第11599号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成3年11月28日、特許異議は理由があるとの決定とともに、拒絶査定を受けたので、平成4年4月28日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成4年審判第7034号事件として審理した結果、平成6年2月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月28日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
結晶マルチトールの製造方法であって、逐次的段階(a)から(e)、
(a)(a)において、酸または酵素処理によってあらかじめ液化された25~45重量%の固型分含量を有するスターチミルクの酵素的糖化によって得られる固型物の重量としてマルトースの50~80%を含むマルトースシロップが接触的に水素化されて固型分重量としてマルチトールの50~80%、それにソルビトール、マルトトリイトールおよび重合度、すなわちDP≧4のポリオールを含むマルチトールシロップが供給され、
(b)(b)において、マルチトールシロップはクロマトグラフィー分別に付され、マルチトールに富む画分(A)を得るために選択される工程条件が:
画分の固型物中のマルチトールの重量が少なくとも87%で、
重合度すなわちDP≧4のポリオールの画分中の固型物重量で1%未満であり、ソルビトールとマルトトリイトールによって構成される固型物重量で100%に補充され、
(c)(c)において、画分(A)はマルチトール結晶の生成を可能にするのに適した乾燥物質含有量75~92%の範囲に濃縮され、
(d)(d)において、マルチトールは濃縮された画分(A)から結晶化きれてマルチトール結晶と母液が供給され、マルチトール結晶は母液から分離され、
(e)(e)において、母液はクロマトグラフィー分別工程(b)に戻される、
ことからなる前記結晶マルチトールの製造方法。
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2)<1> これに対して、特開昭55-59123号公報(以下「引例1」という。)には、吸着剤としてカルシウム形態の強酸性イオン交換体を用いて、キシリット、他の糖アルコール及び多糖類の混合物分画をクロマトグラフィー分別して、キシリットを高純度化する方法が記載されている。
<2>また、フランス特許出願公開第2454830号明細書(以下「引例2」という。)には、吸着剤としてスルフォン酸ポリスチレン・ジビニルベンゼン型の樹脂、特にそのカルシウム形態のものを用いるクロマトグラフィー法によって、糖類、例えば葡萄糖(実施例1及び同2)や麦芽糖(実施例4)、あるいは多価アルコール、例えばソルビトール(実施例3)を含む混合物からこれらの成分を高純度化することが記載されている。
<3> さらに、特開昭57-134498号公報(以下「引例3」という。)の実施例4では、コーンスターチ5重量部と水10重量部との懸濁液を実施例2の方法でDE5の液化澱粉液とし、ついでβ-アミラーゼ酵素により糖化して、グルコース0.9%、マルトース77.6%、マルトトリオース12.5%、マルトテトラオース以上のデキストリン9.0%からなるマルトース溶液を得、次いで水素化してソルビトール1.4%、マルチトール77.3%、マルトトリイトール12.3%、マルトテトライトール以上のデキストリンアルコール9.0%からなるマルチトール溶液を得、この溶液を85%に濃度を濃縮した後、無水結晶マルチトールを製造する方法が記載されている。
また、引例3の実施例1では、乾燥物重量で92.2%のマルチトールを含むマルチトール溶液を濃度80%に濃縮し、マルチトールを晶出させることが、同実施例2では、乾燥物重量で85.0%のマルチトールを含むマルチトール溶液を濃度88%に濃縮し、マルチトールを晶出させることが記載されている。
(3) 本願発明の方法と引例1及び引例2に記載されている方法とを比較すると、糖又は糖アルコールをクロマトグラフィー分別法によって高純度化する点では軌を一にしているが、高純度化する対象を異にしている。また、本願発明の方法と引例3の方法を比較すると、マルチトールの結晶化方法である点では一致しているが、マルチトールの結晶を製造するのに使用するマルチトール溶液の製造方法を異にしている。
(4) 以下にこれらの相違点について検討する。
<1> マルチトールをクロマトグラフィー法によって高純度化し、結晶化させる点について
本願発明の方法で高純度化し、結晶化させるマルチトールはα-D-グリコピラノシル-4-D-ソルビトールという特定の糖アルコールである点で引例1又は引例2に記載されている葡萄糖や麦芽糖の糖又はキシリットやソルビトールの糖アルコールとは異なっている。
しかしながら、引例2で葡萄糖、麦芽糖及びソルビトールのいずれをも同様にクロマトグラフィー分別法で高純度化しているのであるから、マルチトールもまた上記と同じ糖及び糖アルコール類に属する多価アルコールである以上、マルチトールが上記の糖又は糖アルコール類と格別異なったクロマトグラフィー挙動を示すとは考え難いと認められる。
そうすると、引例3に記載されているマルチトールを含む混合物の溶液からマルチトールをクロマトグラフィー分別法によって高純度化、分離することは、当業者ならば容易に想到できるものと認められる。
<2> 本願発明でのマルチトール溶液の高純度化のクロマトグラフィー条件について
本願発明は、マルチトールの結晶を製造するに当たり、マルチトールシロップの組成条件及びマルチトール溶液をクロマトグラフィーによって処理する条件を限定しているので、以下にその条件が容易に想到できるかどうかについて検討する。
(a) 出発原料のスターチミルクについて
ア) 上記引例3の実施例4のマルチトール溶液は、コーンスターチ5重量部と水10重量部(計算上固型分含量約33%)のコーンスターチ懸濁液から液化、糖化についで水素化することによって製造されるものであって、その固型分は、77.3%のマルチトールを含んでいる(そのほかに、ソルビトール1.4%、マルトトリイトール12.3%、マルトテトラオール以上のデキストリンアルコール9.0%をも含んでいる。)ことが認められるから、本願発明の特許請求の範囲の(a)に記載されているマルチトールシロップは、引例3の実施例4のマルチトール溶液を包含しているものと認められる。
イ) そして、引例3の実施例4のマルチトール溶液の上記組成ではマルチトールの含量が他の成分よりも非常に大きく、また、マルチトール以外の各成分はマルチトールと分子量が非常に異なっているから、マルチトールの高純度化のためにクロマトグラフィー分別法を適用できることは、当業者ならば容易に推測できるものと認められる。
そうすると、本願発明がマルチトールを結晶化させるに当たって原料の選択について格別の工夫をしたものとは認められない。
(b)-1 クロマトグラフィー分別の操作条件について
ア) 本願発明の方法では、特許請求の範囲の項の(b)の記載において、マルチトールに富む画分(A)を得るために選択される工程条件が画分の固型物中のマルチトールの重量が少なくとも87%で、重合度すなわちDP≧4のポリオールの画分中の固型物重量で1%未満であり、ソルビトールとマルトトリイトールによって構成される固型物重量で100%に補充される組成となるようにするものであるとしている。
イ) しかしながら、マルチトールを晶出させようとする場合になるべくマルチトール画分のマルチトールの他の成分に対する相対濃度を高めることは当然の工夫であると認められる。また、マルチトールの濃度を高めれば、DP≧4のポリオールやソルビトールとマルトトリイトールの濃度が相対的に低下することは、クロマトグラフィーの性質上普通のことであると認められる。
ウ) そして、引例3によれば、77.3%、85.0%及び92.2%のマルチトールを含むマルチトールに富む溶液からマルチトールを晶出させることができることがわかるから、87%以上のマルチトールを含むマルチトール画分をクロマトグラフィー分別法によって得ることに格別の創意工夫は認められない。
エ) また、これらの成分の濃度の数値限定に臨界的意義があるものとも認められない。
オ) さらに、本願発明はマルチトールのクロマトグラフィー分別の具体的操作条件の設定に技術的工夫があるものとも認められない。
カ) そうすると、本願発明の方法のマルチトールに富む画分(A)についての上記条件は、当業者ならば当然に設定できるクロマトグラフィーの操作条件を限定したものにすぎないものと認められる。
(b)-2 マルチトールを晶出させるためのマルチトール溶液の濃度について
また、本願発明の方法では、特許請求の範囲の(c)において、画分(A)はマルチトール結晶の生成を可能にするのに適した乾燥物質含有量75~92%の範囲に濃縮するとしている。
しかしながら、引例3によれば、マルチトールを晶出させるに当たり、マルチトール溶液を85%、80%及び88%に濃縮することが記載されているから、画分(A)の乾燥物重量を75~92%の範囲にすることは容易に想到できることであると認められる。
(b)-3 マルチトール晶出母液の再循環について
また、本願発明の方法では、特許請求の範囲(e)において、マルチトールに富む画分(A)からマルチトールを晶出させた後、残った母液を再循環している。
しかしながら、一般に結晶母液中の結晶と同一の成分が残存することは周知のことであり、マルチトールのような多価アルコールの場合には母液中に残存するマルチトールの量が少なくないことは容易に推測できることであると認められる。そして、工業的なプロセスで結晶化工程がある場合には、結晶母液中の残存目的物を再利用することは、原料の有効利用の観点から当然の工夫であると認められる。このことは、引例1で「キシリットの遠心分離後、まだ約40%の多糖類及び多糖類アルコールを含む母液を分離装置に戻す。」(3頁左上欄)と記載されていることからも明らかである。そうすると、母液をクロマトグラフィー分別工程へ再循環することは容易に想到できるものと認められる。
(5) そして、本願発明の技術的効果を検討しても、本願発明は単にマルチトールを晶出させることができることが知られている公知のマルチトール溶液をクロマトグラフィー分別法によって製造できたというにとどまり、クロマトグラフィー法を採用した結果として他の方法とは異なったクロマトグラフィー特有の利点があるにしても、それをもって本願発明が予想外の技術的効果を奏したものとは認めることができない。
(6) したがって、本願発明は、上記引例1から同3までの各引例に記載されている方法の発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものと認められるから、本願発明は、特許法29条2項の規定によって特許を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)は認める。
同(2)のうち、<1>、<2>は認め、<3>のうち、引例3の実施例4に「無水結晶マルチトールを製造する方法が記載されている」ことは争い、その余は認める。
同(3)は認める。
同(4)<1>は争う。同(4)<2>(a)のうち、ア)は認め、イ)は争う。同(4)<2>(b)-1のうち、ア)、イ)は認め、ウ)のうち、「引例3によれば、77.3%」「のマルチトールを含むマルチトールに富む溶液からマルチトールを晶出させることができることがわかる」ことは争い、その余は認め、エ)は争い、オ)は認め、カ)は争う。同(4)<2>(b)-2、(b)-3は認める。
同(5)、(6)は争う。
審決は、相違点についての判断及び効果についての判断を誤ったため、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(相違点についての判断の誤り)
<1> 審決は、「本願発明の方法で高純度化し、結晶化させるマルチトールはα-D-グリコピラノシル-4-D-ソルビトールという特定の糖アルコールである点で引例1又は引例2に記載されている葡萄糖や麦芽糖の糖又はキシリットやソルビトールの糖アルコールとは異なっている。しかしながら、引例2で葡萄糖、麦芽糖及びソルビトールのいずれをも同様にクロマトグラフィー分別法で高純度化しているのであるから、マルチトールもまた上記と同じ糖及び糖アルコール類に属する多価アルコールである以上、マルチトールが上記の糖又は糖アルコール類と格別異なったクロマトグラフィー挙動を示すとは考え難いと認められる。そうすると、引例3に記載されているマルチトールを含む混合物の溶液からマルチトールをクロマトグラフィー分別法によって高純度化、分離することは、当業者ならば容易に想到できるものであると認められる。」(甲第1号証6頁15行ないし7頁13行)と判断するが、誤りである。
(a) 個々の糖及び個々の糖アルコールはそれぞれ特異なクロマトグラフィー挙動を示し、そのクロマトグラフィー挙動についていかなる予測も許されないものである。事実、クロマトグラフィー的に2つの糖XとYを分離することが可能であっても、直ちに糖Xを糖Zから分離し得ることを意味しない。3種の糖又は糖アルコールA、B及びCの組合せを含む混合物において、物質Aがクロマトグラフィー分離できるという単なる事実により、物質Bが結晶化に十分なほど富化されたレベルで得られるであろうことを直ちに意味しない。事実、物質Bは、物質Cとの混合物として得られるであろうし、物質Bの濃度的増加は物質Cの濃度的増加を伴うものである。また、物質Cは物質Bに関して結晶化の妨害剤であるかもしれない。
また、接触的に水素化されたマルチトールシロップは、ソルビトール(DP1)、マルチトール(DP2)、マルトトリイトール(DP3)・・・の多くの化合物を含むものであり、上記化合物の分子量の相互の違いは162である。この162から、マルチトールは他の組成分の分子量から十分に異なる分子量のものであると主張することは誤りである。さらに、分子量のこのような相違のみからクロマトグラフィー分別の可能性を予測することは許されない。かくして、クロマトグラフィー分別によってマルチトールの効率的分離に成功することは、絶対に予期されないことである。
(b) また、マルトースとして他の成分から分離するよりもマルチトールとして他の成分から分離する方がはるかに効率的である、ということは、驚くべきことであり、予測されなかったことである。
<2> 審決は、引例3の実施例4には、「無水結晶マルチトールを製造する方法が記載されている」(甲第1号証5頁15行、16行)と認定し、本願発明の特許請求の範囲の(a)に記載されているマルチトールシロップは、引例3の実施例4のマルチトール溶液を包含しているとして、「本願発明がマルチトールを結晶化させるに当たって原料の選択について格別の工夫をしたものとは認められない。」(同9頁2行ないし4行)と判断するが、誤りである。
(a) 引例3の実施例4には、無水結晶マルチトールを分離取得したことが記載されていない。引例3の実施例4は、ペースト状製品であるフォンダントの製造を目的としたものであり、また、後に「飲食物の製造方法」として分割出願されたものであるから(甲第12号証)、引例3の実施例4に無水結晶マルチトールを製造する方法が記載されているとの審決の認定は、誤りである。
(b) そうすると、引例3の実施例4には、結晶マルチトールの製造方法とは関連のないフォンダントの製造方法の1工程として、本願の1構成要件がたまたま書いてあったにすぎない。
ところで、発明の構成要件の1つが従来技術の一部において採用されているものを包含する場合に、進歩性の判断に当たっては、その構成要件を採用する動機づけとなる事項が従来の技術に示されているか否か、つまり、その構成を採用することで奏するであろう効果の記載又は示唆があるかが主要な観点となる。この点について検討すると、引例3の実施例4は、高濃度の澱粉含量の原料から出発しているが、その結果固型物中のマルチトールの含有量の少ない水素化液組成が得られ、結果としてフォンダントの製造にとどまっている。そして、引例3には、高濃度の澱粉含量の原料から出発することによる効果も記載も示唆もない。一方、引例3の実施例1及び実施例2は、澱粉含量の低い原料から出発することで、マルチトール含量の高い水素化液組成を得、その結果として結晶マルチトールの製造に成功している。そうすると、単に結晶マルチトールを得る目的からすれば明らかに澱粉含量の低い原料から出発した方が有利であることは明らかであり、本願の工程(a)を採用することは結晶マルチトールの製造にはむしろ不利であることをうかがわせるものである。結局のところ、引例3には、結晶マルチトールの製造方法において、本願の工程(a)を採用することの動機づけとなる記載は全くない。
(c) 被告は、引例3の実施例4からフォンダントが得られているのは、マルチトールの結晶を製造する必要がなかっただけである旨主張し、さらに、引例3の実施例4の生成物からの結晶の分離の可否は分離機の性能に依存する旨主張する。
しかしながら、原告が、引例3の実施例4に記載された方法に従ってフォンダントを製造する一方、本願発明の方法に従ってマルチトールシロップを製造し、両者の固型分濃度を83.00%の同一濃度に調製し、遠心分離機による分離試験と顕微鏡観察を行った結果、前者からの結晶分離は不可能でかつ微結晶であったのに対し、後者は静置によっても容易に沈降し得る大結晶を形成したことを示した(甲第17号証)。そして、上記遠心分離試験における加速度δは3420g(δ=w・γ)で行われたものであり、効率的工業規模の遠心分離機のδは650g程度のものであることから、3420gで分離し得なかったフォンダントの結晶分離は事実上困難である。よって、この点の被告の主張は理由がない。
<3> 審決は、「引例3の実施例4のマルチトール溶液の上記組成ではマルチトールの含量が他の成分よりも非常に大きく、また、マルチトール以外の各成分はマルチトールと分子量が非常に異なっているから、マルチトールの高純度化のためにクロマトグラフィー分別法を適用できることは、当業者ならば容易に推測できるものと認められる。」(甲第1号証8頁15行ないし9頁1行)として、「そうすると、本願発明がマルチトールを結晶化させるに当たって原料の選択について格別の工夫をしたものとは認められない。」(同9頁2行ないし4行)と判断するが、誤りである。
引例3の実施例4に結晶マルチトールの製造方法において本願の工程(a)を採用することの動機づけとなる記載は全くないことは、前記<1>(b)に記載のとおりであり、そうすると、クロマトグラフィー分別法自体は比較的慣用される手段であるとしても、結晶マルチトールを工業的に得る目的で、比較的高い固型物含量を出発原料とし(工程(a))、クロマトグラフィー分別法を用いることは、当業者といえども容易に想到できるものではない。
<4> 審決は、「87%以上のマルチトールを含むマルチトール画分をクロマトグラフィー分別法によって得ることに格別の創意工夫は認められない。」(甲第1号証10頁7行ないし9行)、「そうすると、本願発明の方法のマルチトールに富む画分(A)についての上記条件は、当業者ならば当然に設定できるクロマトグラフィーの操作条件を限定したものにすぎないものと認められる。」(同10頁15行ないし18行)と判断するが、誤りである。
(a) 本願発明は、引例3の結晶マルチトールの製造方法の改良を課題としたものである。
引例3の発明は、比較的澱粉量の少ない原料液組成から出発し、マルチトール以外の不純物の比較的少ない水素化液を得、これを濃縮して種晶を添加することにより結晶化するものであるのに対して、本願発明は比較的高濃度の原料組成液から出発し、比較的多量に生成するマルチトール以外の不純物をクロマトグラフィー分別によって除去し、種晶を添加する必要もなく自然結晶化し得るという、基本的に異なる技術思想に基づくものである。
本願発明のこのような技術思想は、主として工程(a)と工程(b)の構成の実施によって達成され、特にマルチトールシロップをクロマトグラフィー分別することによって、画分(A)を得るための工程条件を、ⅰ)固型物中のマルチトールが少なくとも87%で、ⅱ)DP≧4のポリオールが1%未満であり、ⅲ)ソルビトールとマルトトリイトールによって100%に補充される、とする3つの条件によって達成されるものである。
結晶マルチトールの製造において、DP≧4のポリオールを1%未満とすることにより、結晶マルチトールの特性及び結晶化を阻害しないソルビトールとマルトトリイトールの存在を許容する本願発明の構成は、特異である。
(b) 被告は、DP≧4のポリオールに関し、ある程度精製すれば当然1%未満になると主張するが、本願発明の実施例に記載された水素化液中のDP4ないし10とDP10以上の生成物の合計量は27.1%であったことから、精製により1%未満にする操作は、単にある程度精製すると当然1%になるとして済まされる問題ではない。また、物質Bの濃度の増加は、物質Aのクロマトグラフィーによる除去により招来し、物質Bに対して結晶化の妨害剤となり得る物質Cの濃度における付随的増加を招くかもしれないものである。
(c) なお、本願特許請求の範囲は、マルチトールを100%又は100%近い状態にまで精製する場合を含まないものである。
まず、本願特許請求の範囲は、ソルビトールとマルトトリイトールによって100%に補充されるというものであるから、画分(A)中には明らかにソルビトールとマルトトリイトールが存在するものであり、このように両者が不可欠の成分として存在することが明示されている以上、本願特許請求の範囲がマルチトールを100%にまで精製する場合を含むとする判断はあり得ない。
次に、本願明細書には、「少なくとも87%、好ましくは87~97.5%・・・のマルチトール、1%未満・・・の重合度4以上のポリオール・・・好ましくはソルビトールは5%未満、・・・マルトトリイトールの含有量は一般に2.5~13重量%であるごとき組成」(甲第9号証8欄5行ないし15行)と記載されていることから、かなりの量のソルビトール及びマルトトリイトールの存在が示され、事実上10.0%に近い状態にまで精製する場合が含まれないことを示している。
さらに、審決取消訴訟における審理対象は、審決の理由に示された事項に限定されるべきものであるところ、「100%またはそれに近いところまで生成する場合を含むから容易である」という主張は、その後の新たな解釈によりなされた主張であり、審理範囲を逸脱した主張として許されるべきではない。
(2) 取消事由2(効果についての判断の誤り)
審決は、「これらの成分の濃度の数値限定に臨界的意義があるものとも認められない。」(甲第1号証10頁10行、11行)、「本願発明の技術的効果を検討しても、本願発明は単にマルチトールを晶出させることができることが知られている公知のマルチトール溶液をクロマトグラフィー分別法によって製造できたというにとどまり、クロマトグラフィー法を採用した結果として他の方法とは異なったクロマトグラフィー特有の利点があるにしても、それをもって本願発明が予想外の技術的効果を奏したものとは認めることができない。」(同12頁11行ないし19行)と判断するが、誤りである。
<1> 前記画分(A)の工程条件は、固型物中のマルチトール(DP=2)の重量が87%であれば、ソルビトール(DP=1)とマルチトール(DP=3)の合計量がほぼ13%であっても結晶マルチトールを製造することができることを示している。このようなDP=2の製造に当たり、DP=3ではなく、DP≧4のポリオールを1%未満とすれば、DP=1とDP=3の合計量が13%近くであっても、結晶マルチトールが得られるということは驚くべき事実である。
<2> 本願発明によって得られるマルチトールシロップは、実施例記載のように、「75℃の温度に4時間保持後、非常に規則正しい結晶化の開始が認められる」(甲第9号証14欄40行ないし42行)ものであり、また、前記のように、静置によっても容易に沈降し得るマルチトールの大型結晶を形成するものである。このような結晶化の促進効果は産業上の利用効果において優れたものである。
<3> 本願発明め場合は、他に、処理される容積が従来法におけるよりもはるかに小さくなり、水の蒸発に必要なエネルギーがはるかに低減することが判明し、スターチの液化をスターチの戻りの不存在に適合する2を超えるDEに対して行うことが可能であり、イソアミラーゼ又はプルラナーゼのような酵素の使用を避けることが可能であり、使用されるシロップの高濃度から生ずる高浸透圧により、該シロップが微生物による汚染から保護されるとの効果も享受するものである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
<1> クロマトグラフィー法は、汎用性の分離精製法であることは、周知である。クロマトグラフィー法は、糖類(その還元物も含む。)の分離精製としても、周知慣用である。排除クロマトグラフィーでは、物質の分子の大きさを利用し、共存物質の分子の大きさが異なるほど、互いに分離しやすくなる。クロマトグラフィー法で小濃度の物質を分離精製すると、長時間を要し、能率が低いことは、周知である。
本願発明において、(b)工程においてクロマトグラフィー法を採用しながら、クロマトグラフィー法の手段自体については何も限定していないことは、クロマトグラフィーの周知の性質から適宜選定できることを根拠にしているものである。
<2> 審決が引例3の実施例4に「無水結晶マルチトールを製造する方法が記載されている」と認定したことに誤認はない。
すなわち、「マルチトール溶液を濃度85%に濃縮した後、助晶缶にとり、種晶1%を加えて激しく攪拌しながら室温まで冷却」(甲第4号証8頁右上欄3行ないし5行)する工程は、マルチトールを晶出させる工程である。引例3には、無水結晶マルチトールの発明、無水マルチトールの製造方法の発明及び無水マルチトールを使用した飲食物の発明が開示されている。引例3の実施例4は引例3の特許請求の範囲の第1項及び第3項の発明を前提としているから、上記実施例4の上記工程の産物から、無水マルチトールを分離することができると結論できる。
原告提出の実験結果(甲第17号証)の実験Ⅲ及び添付された写真No.2によれば、マルチトールの結晶が微細ではあるが晶出していることが認められる。無水マルチトールを使用した飲食物の発明が後に分割出願されたことは、審決の上記認定を否定する理由にはならない。
<3> 引例3の実施例4のマルチトール溶液は、77.3重量%のマルチトールを含有している。同溶液が知られていることは、周知慣用のクロマトグラフィー法によって同溶液からマルチトールを分離精製する動機となる。
すなわち、クロマトグラフィー法は、汎用的な分離精製法であるから、原理的には、どのような成分の分離にも適用でき、また、どんな程度にも精製できるものである。しかも、クロマトグラフィー法は対象となる物質を変成しない非破壊的の分離精製法であり、そのために、クロマトグラフィー法は、自然物からその成分を分離精製する方法として著名である。さらに、引例1及び引例2により、クロマトグラフィー法により糖アルコールを分離する技術が知られているから、糖アルコールの分離精製にクロマトグラフィー法が実用できることについて、当業者に十分な認識があったものである。
そして、引例3は、一種の糖アルコールである高純度マルチトールをマルチトール含有溶液から分離精製することを前提としている(甲第4号証2頁左上欄18行ないし右上欄13行)から、引例3の実施例4のフォンダントの製造方法においては、無水結晶マルチトールを晶出させるという認識があるといえる。さらに、引例3の実施例1及び実施例2においても、無水マルチトール結晶を製造している。引例3においては、無水マルチトールの晶出とフォンダント等の製造とは無関係なのではなく、無水マルチトール結晶を製造し、それに基づいてフォンダント等をも製造しようとする一連の技術が開示されているものである。
そうすると、当業者には、引例3の糖アルコールの一種であるマルチトールを含有する混合物(引例3の実施例4のマルチトール溶液を含む。)からマルチトールを分離精製しようとする課題があるから、当業者には、少なくとも、引例3の実施例4のマルチトール溶液からマルチトールを周知慣用のクロマトグラフィー法を用いて、分離精製する動機があることになる。
そして、引例3の実施例4のマルチトール溶液の性質がクロマトグラフィー精製には適当でないとする理由は見当たらず、マルチトール溶液を晶出しやすくさせるためには、なるべく精製した方がよいから、本願発明の(a)工程と(b)工程とを結合することは、容易にできることである。
<4>(a) 目的物の精製操作は、同時に共存する物質(不純物)を除去する操作であり、結晶の析出、沈降を妨害する物質を除去することでもある。
目的物をある程度精製すると、当然、DP≧4のポリオールの濃度は1%未満となる。
本願発明は、特に、DP≧4のポリオールに着目し、その濃度を1%未満としているが、DP≧4のポリオールは、本願発明のマルチトール含有混合物の一成分であることが知られている成分であって、マルチトール含有混合物成分中、もっとも分子量が大きく、かつ、排除クロマトグラフィー法でもっとも速やかに除去される成分であることが容易に分かる成分である。また、DP≧4のポリオールは、引例3のマルチトール濃縮液の成分中、もっとも粘度が高く、マルチトールの結晶化を妨げる物質であることは技術常識であるから、DP≧4のポリオールをなるべく除去しようとすることは、当業者であれば試みることである。
引例3に記載されている実施例では、マルチトール結晶は、分蜜その他の付加操作を必要とする。また、引例3の実施例1は、製造したマルチトールの純度は、99.2%であって、依然として不純物を含有していることを明記している。しかしながら、上記の付加操作を必要とし、不純物を含有していることの原因がマルチトール結晶を析出させるマルチトール濃縮液の濃度組成及びマルチトール結晶を晶出させるときの操作条件にあることは、当業者であれば推測することである。結晶性の物質は濃縮精製すればするほど結晶化しやすいという技術常識のもとで、引例3の実施例4のマルチトール濃縮液を更に濃縮精製し、DP≧4のポリオールの濃度を1%未満とすることによって、分蜜その他の操作を必要としないマルチトール結晶を得ることは、当業者が必要に応じて試みることである。また、引例3の実施例1では、DP≧4のポリオールの濃度が2.4%のときに、分蜜を必要としているのであるから、精製度合いを上げるために、DP≧4のポリオールの濃度を更に低下させて1%未満にする程度のことは、当業者が容易にできることである。
(b) 引例3の実施例4及び実施例2でそれぞれ77.3%、85.0%のマルチトールを含有するマルチトール溶液からマルチトールを晶出させているから、本願発明が画分(A)中のマルチトール濃度の下限を87%に特定した点に格別の創意工夫はない。
そして、マルチトールを晶出させるためには、マルチトールを含有する溶液中のマルチトール濃度が高陸ほど好ましいことは技術常識であるから、画分(A)中のマルチトール濃度を少なくとも87%、すなわちソルビトール及びマルトトリイトールが共存する限り、どれだけでも100%に近くてもよいとするこは、何らの創意工夫ではない。
(c) 本願明細書の特許請求の範囲の記載は、それ自体明瞭である。原告指摘の発明の詳細な説明中の記載も、97.5%という数値を飽くまで実施上好ましい数値として記載されており、本願発明に必須の構成要件ではない。そして、上記特許請求の範囲において、画分(A)中の固型分中のマルチトール濃度の上限は限定されていないから、本願発明は、特許請求の範囲に記載された特定の原料から出発するとはいえ、クロマトグラフィーの性質に従ってマルチトールを精製しようとしているにすぎないものである。
この点は、上記のマルチトール濃度が高いほど好ましいとの技術常識からも明らかである。
したがって、本願特許請求の範囲の記載の意味は、それ自体明瞭であるから、本願明細書の発明の詳細な説明の項の説明を参酌するまでもない。
(2) 取消事由2について
<1> 前記のとおり、画分(A)は、ソルビトール及びマルトトリイトールの濃度が微量であり、かつ、DP≧4のポリオールは存在していない場合も含むのであるから、本願発明が予想外の効果を奏したとすることはできない。
また、引例3によれば、ソルビトールとマルトトリイトールの合計量10.4%の実施例2やソルビトールとマルトトリイトールの合計量13.7%の実施例4からマルチトールが結晶化することが知られているのであるから、ソルビトールとマルトトリイトールの合計量が9.3%である本願発明の実施例からマルチトールを晶出させることができることは、当業者であれば予想することである。
<2> 甲第17号証の上記実験Ⅱ及び実験Ⅲの結果は、DP≧4のポリオールが0.2%である場合の実験結果にすぎないから、本願発明がDP≧4のポリオールが1%より小さいが1%に非常に近い場合にも、実験Ⅱ及び実験Ⅲと同じ結果になるとすることはできない。粘度は連続的に変化するものであり、DP≧4のポリオールが1%未満であることにマルチトールが速やかに晶出するという臨界値があるとするのは、技術常識に反する。
また、原告提出の実験結果(甲第17号証)の実験Ⅱ及び実験Ⅲの結果をDP≧4のポリオールが0.2%であるということだけに帰することはできない。ソルビトール及びマルトトリイトールが6.80%であることも重要な原因であると考えられる。しかるに、本願発明では、ソルビトール及びマルトトリイトールの濃度を積極的に限定していない。したがって、上記実験Ⅱ及び実験Ⅲは、本願発明で得られたマルチトール結晶が常に写真No.3のようになることを実証するものではない。
<3> 原告主張の容積が少なくてすむ等の効果は、引例3の実施例4のマルチトール溶液にクロマトグラフィー法を適用した場合に当然期待されるものにすぎない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
そして、審決の理由の要点(2)(引例の記載事項の認定)のうち、引例3の実施例4に「無水結晶マルチトールを製造する方法が記載されている」ことを除く事実、同(3)(一致点、相違点の認定)、同(4)<2>(a)(出発原料のスターチミルクについて)のうち、ア)の事実、同(4)<2>(b)-1(クロマトグラフィー分別の操作条件について)のうち、ア)、イ)の事実、ウ)のうち、「77.3%」「のマルチトールを含むマルチトールに富む溶液からマルチトールを晶出させることができることがわかる」ことを除く事実、オ)の事実、同(4)<2>(b)-2(マルチトールを晶出させるためのマルチトール溶液の濃度について)及び(b)-3(マルチトール晶出母液の再循環について)の事実は、当事者間に争いがない。
2 原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 取消事由1について
<1> 原告は、審決が「引例3に記載されているマルチトールを含む混合物の溶液からマルチトールをクロマトグラフィー分別法によって高純度化、分離することは、当業者ならば容易に想到できるものである」と判断した点について、個々の糖及び個々の糖アルコールはそれぞれ特異なクロマトグラフイー挙動を示し、そのクロマトグラフィー挙動についていかなる予測も許されないものであり、マルトースとして他の成分から分離するよりもマルチトールとして他の成分から分離する方がはるかに効率的であるというこは驚くべきことである等と主張する。
しかしながら、個々の糖及び個々の糖アルコールはそれぞれ特異なクロマトグラフィー挙動を示すとしても、本願特許請求の範囲には、単に「クロマトグラフィ分別に付され」と記載されているのみで、使用する樹脂の種類や溶出方法などについての限定的な記載は全くないこと、甲第2及び第3号証によれば、種々の溶液からクロマトグラフィー分別法によりキシリトールやソルビトールの高濃度の溶液が実際に得られていることが認められることによれば、個々の糖及び個々の糖アルコールはそれぞれ特異なクロマトグラフィー挙動を示し、そのクロマトグラフィー挙動についていかなる予測も許されないと解することはできない。さらに、前記のとおり、本願特許請求の範囲には、単に「クロマトグラフィ分別に付され」と記載されているのみで、使用する樹脂の種類や溶出方法などについての限定的な記載は全くない上、クロマトグラフィに使用する樹脂の種類や溶出方法等によって、化合物のクロマトグラフィ挙動が変化することは、クロマトグラフィ分別の技術分野において自明のことであること(この事実は、弁論の全趣旨により認められる。)によれば、マルトースとして他の成分から分離するよりもマルチトールとして他の成分から分離する方がはるがに効率的であるとも認められない。
<2> 次に、甲第4号証によれば、引例3には、「実施例4フォンダントの製造 コーンスターチ5重量部と水10重量部との懸濁液を実施例2の方法でDE5の澱粉液化液とし、・・・糖化し、実施例1と同様に精製して糖組成がグルコース0.9%、マルトース77.6%、マルトトリオース12.5%、マルトテトラオース以上のデキストリン9.0%からなるマルトース溶液を得、次いで、実施例1と同様に水素化し、精製してソルビトール1.4%、マルチトール77.3%、マルトトリイトール12.3%、マルトテトライトール以上のデキストリンアルコール9.0%からなるマルチトール溶液を濃度85%に濃縮した後、助晶缶にとり、種晶1%を加えて激しく攪拌しながら室温まで冷却し、次いで実施例1の方法で得た無水結晶マルチトールを混合攪拌してフオンダントを得た。本品は、白色のペースト状で、口当りもなめらかであり、上品な甘味を有し、各種製菓材料として有利に使用できる。」(8頁左上欄10行ないし右上欄10行)と記載されていることが認められ、この記載によると、最後に「実輝例1の方法で得た無水結晶マルチトール」を混合攪拌してフォンダントを得るものである上、甲第17号証及び弁論の全趣旨によれば、上記実施例4に係るフォンダントは、加速度δが3420gという条件下で遠心分離機にかけても結晶分離が起こらないものであることが認められる。
さらに、甲第12号証によれば、引例3(昭和56年特許願第19512号)からの分割出願として、発明の名称を「飲食物の製造方法」とする特許出願(特願昭62-195386号)がされ、その実施例1として、引例3の実施例4と同じフォンダントの製造が示されていることが認められる。
そうすると、引例3の実施例4は、「無水結晶マルチトールの製造方法」にかかる実施例というよりも、無水結晶マルチトールの用途の実施例に相当するものであり、引例3の実施例4において無水結晶マルチトールが生成されると認めることはできない。
したがって、引例3の実施例4には「無水結晶マルチトールを製造する方法が記載されている」との審決の認定は、誤りであり、これに反する被告の主張は採用できない。
<3> そして、本願発明は、その発明の要旨から明らかなように、「結晶マルチトールの製造方法」に主たる技術的課題があるものであるところ、上記のとおり、引例3の実施例4は無水結晶マルチトールの用途の実施例に相当し、結晶マルチトールを生成するものではないから、結晶化原料であるマルチトール溶液として、技術的課題を異にする引例3の実施例4のものを採用することの動機がそもそもないといわざるを得ない。
(2) したがって、原告主張の取消事由1は、その余の点について判断するまでもなく、理由がある。
3 よって、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)